どうも昔から言葉ってダメだ。いくらつかってもだいたい息苦しかったり大仰だったりする感じ。なんでかな。どっかで定義と似てるからだろうな。そうじゃなくいたい。遺伝子って言葉なのかな。違うんじゃないかな。遺伝子はそのメッセージのなかに定義を欠いてる気がする。あるいは区別を欠いている気がする。
区別を欠いてるって、すくなくとも(いわゆる)自然はそうだ。接木も、倒錯した性欲も、アレルギー反応も、みんな区別を欠いている。
細菌は屍骸でも生体でも区別なくつく。音楽もそうだ。すくなくとも言葉の定義性に隠されているそういう区別を欠いた領域はあるし、言葉もそれに支えられている。
俺がしっている学術的な知識からいえば、システム(←今回に限って悪口ではない)はデジタルの識別によって構成されるものだ。例えばアレルギー反応は、花粉と細菌を「同じもの」と識別しておきる反応だ。
しかしデジタルな単位は、アイデンティティを持っているわけではない。その理由は2つ。
①ある記号が、他の記号と同じものとして識別されるなら、それらは「同じ反応を引き起こす」トリガーとして扱われる。性倒錯と同じように「興奮できれば構わない」みたいな。例えば、鍵を持つ人間が誰であろうと、彼/彼女がドアの鍵穴に鍵を入れてひねる事ができれればドアは開く。
②その単位は、その外皮の張力によって維持されている。例えば水風船みたいに。風船が破れるほどの力学が加われば、それは破壊される。つまり単位が単位たりえるのは、その同一性によってではなく、自身の外皮の張力を維持できる力学関係においてだ。
言葉的なシステムってそういうのに反してるように思える。それは一見システム内の自己同一性によって、指し示す能力をもってるように振舞う。それが嫌いなんだ。力学で動くところのものの希求が動かないみたいで。
言葉も何も、ホントはハッキングと同じなんだよね、きっと。(いくら飾り立てられていても)プログラムに侵入する能力を備えているかいないか、で動いてる。
生物学的な個体を維持できるのも、その個体(を構成する要素群)が力学のなかで張力をたもてるか、ということであって、そういうとこでは「オンリーワン」なんて成立しえないだろうし。(例えば「人間(という言葉)」のオンリーワン性も。)
すごく乱暴に強引にいえば、みんな同じ暴力のなかに、力学としている。そこでは金を払うのも、音楽をきくのも、なにかの気持ちも、(そして言葉の隠蔽的な力学も、)同じ物差しで測られてる。オンリーワンなんか意味ない世界で、個体というものがあったりもする。いなくなって欲しくない友達だっている。
それが病みならそれでいいと思う(「いい」って変な感じだけど)。それが病みなら病みから感じられるものが感じられるようにいたい。