2008年7月26日土曜日
無題
saeglopur
二項の命題が矛盾するのは、命題が、それ自身が固定的であることに固執しているからだ。
命題が破綻したところには矛盾はない。
そこでなにが起きるかこそが重要なんじゃないか、と思う。
破綻は暴力だし変質だし、それは新しさも呼ぶ。台風のあとの空みたいに。
だけど台風の受動者として、台風が呼んだ新しさを享受するのはごめんだ。
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経済競争とか生存競争とか、「競争」っていう表現がある。
だけど何と何が「競う」っていうんだろう。
ただみんな、真剣に生きようとしてるなかで、壊れたり、痛かったり、やわらかかったり、かなしかったり、あたたかかったりするだけじゃないのか。
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ここは壷のようなところだと感じる。期待がいっぱい詰まった壷。
その期待が暴力を生むにしても、それでも暴力は期待や、生きたいという衝動から生じるのだと思う。
だけど、みんなその暴力を生きているにしても、それを実感を持って生きるのは、「みんな」なんていえる第三者的な立場じゃない、個人の領域だと思う。
それは第三者的な立ち位置にない、という点で孤独な領域かもしれない。
「孤独」という固定的な立ち位置に拠らない、つながりのなかの孤独というか。
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【追記】
この記事はホントは一続きになるものだったのが、書く機会を逸して中途半端になってしまっていたのを、そのままなのも落ち着かないなあと思い、後で小さな断片にしてみたものだったのです。
記事の文脈も、断片同士の文脈も謎なのはそこらへんがありまして・・
てか書けそうな感じがあるときじゃないと、その感じとか書けそうだったつながりとかが自分でもよく分からなくなりますね。ヘンテコなものをのっけてしまったと反省orz
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