
例えばableでなければ資格がない環境とかで、dis-abilityの烙印を押されるのはつらいよなあと思う。だけどものができるようになるのは、ホントはたのしいと思うし、いまどれだけdisでも、そこからたのしくやっていいと思う。子どもや期待ってそういうものだし(ふざけた話なのは、disが能力ではなく、感情に「先取り的に」つくことだと思う。遊んでる子どもからヒステリックにその行為を簒奪するようなこと。何かの感情が決定的に取り合われないことetc.)。
実際、「ableでなければならない」っていう圧があることで、ダメになってしまうableはいっぱいある。それこそいっぱいいっぱいある。
だけどableでなければならないことなんか、ホントは極々わずかだし、そういったものは「ableでなければならない」というyes/noの決定が意味のない領域のじゃないかと思う。例えば好きな奴を悲しくさせないこと。限定的な関係だけに限った話ではなくて
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この頃なんだか更新のペースが早いのと、ちょっと視野が狭い感じの記事があるのは、俺が自分の冷静さを解除してきてるからです。今まで感情的になり過ぎそうなとこは、できるだけ冷静にいこう/やろう、と思ってたけど、その冷静さ、言い換えれば一種の客観性に疎外されていた部分もあったと思うので、いまはそれを解除しています
2 件のコメント:
こんにちは☆
教えてもらったので来ました。
やっぱむずい…特に気の利いたコメントとかできなくてすみません(-.-;
とりあえず見ましたっていう報告をば。
ではまた~
あい、わかりましたー☆
むずいとしたらきっと自分の書き方がヘンテコだからだと思う・・・。
本人がずっこけてるとこ多いので書き方も(ry・・汗
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