うたの一件があってから、なんだか妙にむかしのことを思い出します。
具体的なナントカ、というのではなく、自分のことを取り囲んでいた構造みたいなのを。
母方のおばは「keroは優秀じゃないとうちの子じゃないよ」的なことをいっていて、それもつらかったのだけど、もう一つつらかったのは、自分の素直な感情からでた行動が、父親にあたまごなしに否定され、度々ひっぱたかれてきたことでした。
母親は(彼女自身の感情のなかで)うろたえるばかりで、事態に混乱してばかりだったな・・。
俺が理屈っぽく(論理みたいな言葉で話す傾向がでたというか)なったのはおそらく2つか3つ理由があって、感情を話しても取り合ってくれない父親になにかを話すためと、マズイ事態が起きたときには自分で対処できないとまわりに取り込まれるばかりだ、と思ったからかもしれません。
どこに非があったのかはわからないし、俺の素直さの耐久度?がなかったから、事態がつらいものになったのかもしれないけど、でもどうにかできたこともあったんじゃないかな、と思います。
(その「素直さの耐久度」みたいなのがなくて、自分が硬直してしまったことに、俺はいちばん無能感を感じるかもしれません。)
卒論も、過去にはそこまで執着はないけど、これ以上はそういうことが起きるのはいやだ、というとこが3割くらいあってテーマを設定した気もします。他にもあるけど。
ベタベタな言葉だけど、拭いがたい傷は今でもあります。だけどそれでも、できるだけ素直なとこから動きたい、とか思っています
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【追記】
いろいろつらいこともあるけど、でも俺は一緒に生きてみたい奴といっしょに生きたいと思っています。
これは今の俺の立ち位置からいえることではなく、今の立ち位置からすれば推測に過ぎないし、変わるかもしれないけれど、この世界は生きるに値すると思います。きれいな話にまとめるということじゃなく、きっとそうだと推測してます。
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