2008年8月12日火曜日

実家にて①(数学:弱さとか他)

いま実家にいます。
実家にいったら数学の本があったので、ちょっと読んでみました。
俺は数学が苦手です。生理的にできない、といってもいい。かなりアウト。

数学の本に1つ問題があったから抜粋してみます

△ABCで、各辺をa,b,c、各頂点から対辺に引いた垂線をそれぞれh,k,lとする。
ここで、a,b,cの大小に関係なく、1/h+1/k>1/l(これを★とする)となることを示せ。

これは一般的な解を導けば

・・・消去済。問題の読み方もろに間違えてました(しかもここにかいたのも適当すぎて間違えてた;)。いちばん下にマトモなのかいときます・・・

(解答とかのない本なので、↑は俺がてきとうにかいたのですが)

こういうときに自分が思ってしまうのは、lが無限みたいに長くて、hもほとんど無限みたいに長くて、kがホントにわずかなものでしかない場合、その「無限のような長さ」にあるものに、「三角形の定義や必要条件」を当て嵌めて考えてしまっていいんだろうか、みたいなことです。
あるいは、lもh無限みたいに長くて、kがないに等しいようなものの場合どうするんだろうか、とか。

無限や、ほとんど無限みたいな、想像でしか語れないorそもそも語れる領域を逸脱しているものにまで「定義」みたいな「自分が楽に操作できる範囲」のものを当て嵌めたり、あるいはkがないに等しいようなとき「それは『三角形』じゃなくて『直線』だから」といって、自分の手にひらに納まるものとしてカテゴリ分けするようなことができませんでした。
嫌味とかじゃなく、ホントに情けないことに呑み込めなかった。

(ここで「もうちょっと自分に素直さがあったら呑み込めたのかなあ」とか思うこともあったりなかったりですが、生育環境が「お前は○○でなければならない」みたいな圧迫感と閉塞感の強いとこだったので、それ以上自分でまで「定義とかを使う」ことは耐えがたかったというのが。)

結局、そういうことができないから、以降の論を進められるわけもなく、という感じで、他にも理由はあるのだろうけど、数学はできないのです。
(他の人からは、いや十分できるから、みたいなことを言われることもあるのだけど、基本的な思考?様式が生理的にキツかったというか)

ただ俺の情けなさは置いとくと、そういう風に「語れる領域を逸脱したもの」をサクっと語ってしまうのって場合によってはどうなのかな、と思うとこもあります。

でもそういうのが全否定的に嫌いってわけじゃないです。語れる領域を逸脱したものを語りたいとか、語ってみたいと思って、それをしようとするやわらかい欲求。あるいはそこでどうしても当たってしまう語れなさを語ってしまうある種のアホさ、あるいは疑いのなさってあると思います。
また弱さからくるどうしようもなさと、そのどうしようもなさゆえに必要となってしまう硬直もあると思うし。

(だから俺が自分を情けないと思うのは、そういうある種のアホさや硬直から成り立とうとするものを、自分に硬直があって、過去に受け入れることができなかった、というとこかもです。)

ただ数学とかについて思うのは、そういった方法で語ろうとするときに、その方法がある硬直から選ばれた、ということをいわれるところがあれば、もう少し理解しやすかったかな・・・、と思います。

・・・

数学についてはあまりうれしくない感情もあったりなかったりなので、もしかしたらまたでてくるかもです。ださないかもしんないけどねww

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この話とは飛ぶけど、「平行移動」というのも矛盾を含んだ表現だと思っていたりしました。中3か高1くらいのときだったか。
デカルト座標は基本的に「移動」というありようを(固定を固定することで)排斥して作成されているのに、そこで「グラフが移動して~」はなんだかなあ、と思ってました。排斥したものを、あるようなことにして語るのってどーなの?、と。

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作成中・・・。忘れなければそのうち書いときます

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