2008年11月27日木曜日

ou-topos

というそうです。ユートピアのことを原語では。
ou(ない)topos(場所)という意味らしい。

ou-toposは無い、ということ。ここがユートピアのない荒れ地だということ。あるいは非ユートピアであり暴力の場所だということ。そしてそこに何かユートピア的なものをつくる場合、結局それはその幻想への隷属と、幻想に抵触するもの(それが自分自身の気持ちを含めたものであれ)の排除と隠蔽に他ならないということ。その幻想に隷属するかしないかは、自分で決めていいということ。ここは荒れ地で暴力的だけど、いつでも開かれているということ。自分がおそらく何もしらないのだということ。そういうことをきちんと分かっていたい。

「ここ」に立つこと。それはつながりを切るとか、つながりのなかでどうしようもなくでてくる規範のようなものを無効にすることじゃなく。そのコンフリクトも、自分が暴力的なものだということも、リアリティに直面したときの何もできなさも逃れがたいけど。それが何も無くても、そこから逃げても何も無いよりもっと何も無い。

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