2008年12月19日金曜日

SoTuRoNⅣ

かきおわって、変わったスタンスっていうのは、たぶんもう庇護がある場所からでた、ということだと思う。
だから餌は自分でとらなきゃいけない。餌をとることは収穫や収奪や簒奪だし、それは経済のベースにあることだ。どれだけ分業化や大量生産化がすすんでも、これは同じなんだろうと思う。
そして収穫や収奪や簒奪が暴力的でも、暴力的=残酷じゃない。残酷なのは、ただ失わせるだけのスポイルだ。暴力的なことを怖れていたら何もできない。それはとても当然で普通のことだから。餌とれるようになろうっと。庇護なしで、いろいろ渡り合える方法をストックしないと。

+++

そして「システム内部」での「新しさ」ってのは、システムの庇護がなくなった場面に着いたときの感触だと思う。そこでものは支えがなくても変わるように変るし、変わることを支える庇護は消滅している。
だから庇護がない場所は、ホントにそこにいるならずっと新しさを含んでいる。そこでなにができるか。
たぶん騙まし討ちとか休眠とか罠とかポジティブさとか接続とかは、そういうレベルではじめて機能する。
社会的な方法も、礼儀や儀式ではなく、そういうとこで生き延びる技術だ。
だから俺は敬語も覚えるし、関与の仕方みたいなのもよくしたいし、交渉で収奪できるようになります☆
そして重要なのは、資産を蓄えることに隷属することじゃない(それは生きた場所を「死んだ貨幣」に隷属させることだ)。ピンポイントで重要なのはその場所でどんな感覚が生じ、どんな感覚が通るか、ということだと思う。ピンポイントだけになるのは馬鹿げてるけれど。
具体的になにをしたいのかは分からないし、それは必要ないことだ。そしてどういうことをしたいのかは感覚で分かってる。とりあえず犬とか豚とバトルして収奪できるようになりたいです。餌getしてくぜ☆

0 件のコメント: