2008年12月28日日曜日

SoTuRoNⅢ④

今さらですが、卒論の「おわりに」以降をのせることにしました。
なのでSoTuRoNⅢ③のおわりにあった引用・参考文献一覧は、こっちにのせています。
後ろについてる謝辞は、提出稿にはないものなので、ここにあるのは私家版みたいな感じです。

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Ⅵ.おわりに

 本稿では「はじめに」で述べた,「システムの肯定性と惰性化」の問題を,ホームレスとその排除の構造の分析によって掘りさげ,システムに関わる主体性の位置,あるいはありようを分析し,「実践主体/主体性の位置」をあらわしてきた.

 またその過程で,簡単にではあるが,普遍主義への批判を行い「制度の拘束性」が,システムの肯定性からどのように構成されるかを分析してきた.

 本論の主張は2つある.第一に「期待」と「確証」とは違うものであるということ.そしてわたしたちの主体性とは,どのようなコード的確証,あるいは確証的コードによる保障も無効となる空間での,わたしたち自身の体験において生きられるもののありようである,ということである.

 ここから述べられることはいくつかある.まず,どのようなコード,どのようなシステムでも,主体性の位置を「確証的」に設定し,そのコード/システムの内部で作動させるようなものがあれば,そこにはおそらく期待と確証との混同から起きる,主体性の隠蔽,あるいは主体性を隠蔽している「ということの隠蔽」が起きている可能性が高い,ということだ.

 仮にそのようにして,判断基準がコード/システムの側にあるとするのならば,そこに残存するのは,生きる場や,あるいはそこでの体験を失った「かつて生きていた主体」と,形骸化し教条化した,あるいは硬直したコード/システムだけになってしまうといえる.

 そしてこのようなことは,コード/システムが,どれほど肯定的であれ,利益的であってもおきうることである.それは場面が福祉であるにせよ,教育や経済であるにせよ,あるいは個人におけるレベルにせよおきうることだといえる.

 もちろん,普遍主義や,他の福祉的,あるいは利益的な方法が,わたしたちが生きているある種の複雑さのなかで,有効であり,場合によっては有益であることに異論はないが,そこに「期待と確証の取り違え」が起き,そして惰性化するならば,そこには隠蔽によって窒息した主体の主体性と,硬直して死んだシステムだけが残ることとなる.それは取り違えを含むため,少なくとも論理として誤りであるし,おそらく主体にかかわる方法論としても誤ったものといい得るだろう.

 このことは,福祉実践の場全体にいえることであるし,広くは法,経済,教育にも,さらに広く取れば,論理や科学や理性に対する確証的な信仰や態度に対してもいえることである.

 そしてまた,言語や貨幣といった「有用」ともいわれる「コード」の扱いというのが,なんらかの隠蔽を含むものだとしても,その隠蔽とコードとの関係を,生きたものとして触れるのも,硬直し死んだものとしてしまうのも,わたしたち自身のありようであるといえる.

 そしておそらく,そこでの「適切な」判断というのは,けしてコードによって支持されるものでなく,わたしたち自身の生きた経済性によって判断/体験されていくものだといえる.言い換えれば,重要なのはその生きた体験のありようにおいて何事かが行われる/成されるということなのだ.

 ここに関わる問題のなかで,本稿では触れられなかったこともいくつかある.特に,先にあげたような「言語」や「貨幣」といったコードの問題,また生きられる場での他者とのつながりや暴力や変容の問題,わたしたちの生における死や遊びの問題などは,今後の課題だと考える.



引用・参考文献一覧

大藪寿一(1973)「都市の解体地域」大橋薫・大藪寿一編『都市病理学』有斐閣双書.

後藤新治(2001)「ユートピアの図像学」井口正俊・岩尾龍太郎編『異世界・ユートピア・物語』九州大学出版会.

作場知生(1988)『天国への自動階段』新樹社.

西澤晃彦(2005a)「排除による貧困」岩田正美・西澤晃彦編『貧困と社会的排除』ミネルヴァ書房,46-47.

西澤晃彦(2005b)「檻のない牢獄」岩田正美・西澤晃彦編『貧困と社会的排除』ミネルヴァ書房,263-277.

濱野一郎・遠藤興一編(1998)『社会福祉の原理と思想』岩崎学術出版社,ⅰ-ⅱ.

福田孝雄他(2006)『社会保障とその周辺』中央法規出版,3.

原昌平(2004)「市民意識とマスコミ」日本住宅会議編『ホームレスと住まいの権利』,248-250.

森泰男(2001)「エウトピアからユートピアへ」井口正俊・岩尾龍太郎編『異世界・ユートピア・物語』九州大学出版会.












謝辞

本稿は,ぼく一人の力ではなく,周囲の方々に支えていただいてはじめてできたものです.特に,A・Dさん,O・Yさん,S・Aさん,N・Mさん,また同じ研究室の方々とY先生,A先生,そしてぼくの家族には,多くを支えていただきました.ここに謝意を表します.

kero

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