豚は食べてヒトは食べない。これは差別だと思う。
新鮮なものは食べて腐ったものは食べない。これは差別だと思う。
そのように、身体は差別するんだと思う。差別していることをないことにして、「衛生」なフリをして、「汚さ」は排水路に流してしまうというのは、自分の差別する身体から目をそらしているのだと思う。
俺は差別する身体も、老いる身体も、汚れる身体も、それで構わないと思う。
目をそらされた身体は不幸だ。それは目をそらされた分だけ、生きていることを無いことにされた身体になるからだ。
ちなみによくいわれる「差別」は、あれは多分ほとんどが「偏見」のことだと思います。俺は偏見はあまり好きじゃない。それは自分の身体でそれを体験せず、ただ伝え聞いた図式にのっとって処理しているから。
しかし生きてることをあることにされてる身体のがいいよ。俺はそう思う。
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