2009年3月11日水曜日

無題







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【mixiより転載】

ああもうこんなクソみてえな分析やってたくねえ。思いっきりカラダうごかしてえ。クソが。経済に全部封鎖されてやがる
行き場はあるはずだ。なんでこんなクソなんだ
なんで街がこんなクソなんだ。なんで街で目が死んでんだ
死ねよそんなもの
金なんか追っかけてなんになるんだ

俺はなにに怒ってんだ

知ってるよ俺は金に怒ってんだよ全部の金に

なぜあんなものをめぐって感情を封鎖して媚を売って子どもを黙らせて暴力をふるってそしてそれが許されてんだ

ああクソ、ほんとにむかつく。全部なぐりてえ

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とりあえずこの頃は、ギリシャとかの農奴制と畜産制の分析すすめてます。たぶんだけどなんか分かる。上で怒ってますが、別に俺は経済否定派とかではないです。むしろ力ある経済系があると思ってるし、それを推進してみたい(*)。つまんねえやり方がむかつくだけ

*:べつに無意味な金が欲しいとかではない。おそらく俺が望むのは、俺が生きる時間を俺のものにすることです。どっかのおかしなものに無意味にスポイルされて、投資計画を再生産するシステムの道具として過ごすのではなく。こういうことって書き言葉にした途端にダメになるな

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【メモ群。以前のmixiより転載】

享受するということは変わることだし、変るということは自分が死ぬことだ
生も死もあわせて、ひとつの力あるラインだろ
ラインをいきたければ、することは逃避じゃない

よろこぶこと、よろこべること

需要と供給、じゃなくて供給と供給

なにが役に立つものかわからない。だからものの価値をきめることはできない

2009年3月7日土曜日

土地に対して誰が金を払うのか

外部はそれと向き合って傷つけられたのなら、回復することが十分ありうる、というのが俺の意見です。

で、疑問なのは貨幣のこと。金本位制がくずれたので、それ以降のことでいうと、例えば日本円は日本銀行券なわけで、それは最終的には日本国家の国家的信用と経済的信用から成り立ってるわけだ。仮にそれを信用してるのがドルだとすると、その信用はアメリカからのものになる。

つまり日本円とドルが、あるいは日本とアメリカが、相補的信用関係にあるわけだ。ここで貨幣がなりたつ。言い換えれば、その信用関係は、国家間の信用関係で(話的には)完結していて、それ以外のものに波及していない。

ところで土地とか獣とかがいる。土地や獣に支払われるのは、土地や獣へのお金であるべきだ。そうでなければ、少なくとも支払うものは外部と向き合っていない。(てか金払うよりまず向きあって自力で奪えって感じだけど)

ところが、貨幣の信用は、国家間のみで完結している。ということは「その貨幣」は、土地や獣という「国家のものではないもの(あるいはそもそも誰のものでもないもの)」に払えるものではない。にも拘らず、これが買えるようにみえている。なんじゃこれ?と思うのだが

二つの経済が分離しているのに、片方の経済(国家間の信用)がもう片方(土地とか獣とか)を買えるようにみえる、というのは、どう考えてもヘンテコだ。

そんなスポイルされるようなやり方じゃ、外部は回復できない感じがするよ(それでもするんだろうけどさ)。土地には土地への「対価」を支払うもんじゃね?、と俺は思う

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まあつまり話としてはこういうことでしょ。俺とあいつがこう決めたんだ、だからテメーも従えよ、っつう。ここでの俺とあいつってのはは例えば国家主権同士。でテメーってのは、国民とか羊とかこれから生まれる子どもとか、そういうのも入ってるわけだ。ほんで従わなかったら、オメー、おまんま食えなくなるぞ、いいのかよコラ、っつう。でなきゃ武力か(ミサイルとか機動隊?)。

俺はバカだが、しかしそうじゃねーだろーってことくらいは分かる。土地も獣も俺も他の奴も、どっかの誰かが決めた約束事の文字なんかじゃねえってことだ

狩りのこと

そこらへんに森とかがあって、なんだか獣がすんでいて、それを弓矢でつかまえて、捌いて肉にしたり服にしたり住居にしたりする。というのが、とっても歴史知識の無い俺の縄文時代とかのイメージです。小学生なみのイメージww

この場合、「獣を獲る人」「加工する人」「消費する人」がいるわけだ。そのなかでも「獣を獲る人」は外部にアクセスする人です。つまり内部で生産できないものを獲りにいく、という。

で、いつからか知らないけどそのうち家畜ができるわけだ。豚とか犬とか(なのか?)。そうなると、外部にしかなかったものが「内部」で生産できるようになる。てか少なくともそうみえる。

いまの状況って、これがすごく展開した状況にみえるのね。馬とか牛とか豚を家畜として「生産」して「消費」する、っていう。あと田んぼとか。石油もなのかなー(よく知らない)。

つまり「内部で生産して、内部で消費する」ようにみえるわけだ。みんなが「加工業者」と「消費者」になってるというか。で、俺が疑問なのは「外部はどこにいったのか」ということです。消失したのか、はたまた見えづらいようになったのか。

これって技術といわれるものの話と関係あるわけだ。テクノロジー、なのか?
テクノロジーの問題はたぶん一個だけで、それは「外部をコントロールして危険じゃなくする→外部を消失させるようにみせられる」ことができるということだと思う。でもこの辺よくわかんないからパス。

ただ内部の限りない再生産になったら、それはげっそりだと思う。家畜も石油もコントロールして、あとは感染症をコントロールできるようになって、資源をコントロールできるようになりました、バンザーイ。ってなったときに、後はただ単にゆりかごのなかで老いていくようになるの?、って感じがする。

なんとなくだけど、どっか(いくつかのところ?)に外部が散りばめられて埋まってるような感じがする。宇宙とか深海とかだけじゃなくて、例えばシステム化されたように見えるもののなかに。それを動かせるのはおもしろいんじゃないかなー、と思った話。

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再生産されるだけの内部って、死んだ図書館のようだ。過去の文字とその管理と更新だけがあって、食べものは「どこかから」運ばれてくることになってるの。とりあえず、暫定的でも図書館の外にいこう(今からちょっといってきますwithたばこ)。そっからまた考える。たぶんだけど、外部は豊かだ

2009年3月2日月曜日

愛に時間を







印鑑証明(うろおぼえ)

ずいぶん前に思ったことなので、ほとんど忘れましたorz
以下記憶の断片を並べたものです。

2/20
引越しがもうすぐで、親の印鑑証明が必要になり取りにいったらもらえた。
もらえたのだけど、その印鑑証明には区役所の保証があった。
きっとその区役所の保証には都の保証があるんだろう。
それでその都の保証には国の保証があるんだろう、とか思った。
そういうのが、顔の見えない、文字のあいだの保証になってる感じがした。
そういう顔のなさは、どこに向いていることになってるんだろう。
ついでに、国のことは誰が保証するんだろう。
身体感覚を離れた「文字」を基盤にした保証関係は、どこかで奇妙だ。
その文字を保証するのは、少なくともその文字と別の文字、ということではないと思う。