久しぶりです。ブログが更新されてなくて死亡疑惑がでたのでかいてます
生きてまっせ。
少しづつですが、リンクなどもふえていってます
いちばん上にある「hituziのブログじゃがー」は、この記事(http://d.hatena.ne.jp/hituzinosanpo/20090117/1232197538)とそれへのコメントがおもしろかったのでつなぎました
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この前知り合いと基準の話をしました。
今のところ俺の基準とかは
なにが基準?⇒自分が生きていること
ここはどんなとこ?⇒豚が死ぬ世界
やりたいことは?⇒もっと生きたい(からできることやってく)
みたいです。
みなさんはどーですか?
3 件のコメント:
こんにちは。前田です。
リンクのページをみてみたよ。
個人的には、屠殺場と食卓の距離が遠いのが問題じゃないかなと思ったよ。スーパーで売ってるロース肉を見て豚が殺されているシーンを想像できる人は少ないと思う。リアリティが薄いと思うよ、スーパーの肉って。
それがいいか悪いかは別問題だけど。
関係あるかないかわからないけど、戦争で使う武器・兵器の進化が
剣・槍→弓矢→銃→ミサイル
みたいにどんどん遠くからでも殺害できるようになって人が死ぬのを見なくていいような方向になったっていう話を思い出したよ。
>前田さん
>屠殺場と食卓の距離が遠い
まあそうっすよねー。でそれ自体はアリだと思うんだけど
>いいか悪いかは別問題
これは俺は「悪い」と思う派なんすよ
なんつーか、幸せボケして鈍くなるw
んでそれが当然だと思えてくる
でも鈍った人生なんてつまらんです
もっとアタマもカラダも思いっ切りつかいたい!てかつかえばいーのに、派なんで
ボタン一つ押しただけでミサイル飛んでいって虐殺できるってのも、政治云々とか抜きにつまらん話だなあと思います
もしボタン一つしか押せないような奴に殺されたら、死んだ側もナメんなと思いそう
前田です。
>keroさん
>いいか悪いかは別問題
俺はどうだろうなー、いいことだとは思わないけど悪いと言い切るほど腹が決まってるわけじゃないなあ。
ウンコが出なかったら尻の穴に指突っ込むくらいの覚悟はあるけど。実際つっこんだけども。
感覚のリアルさが薄れることと、鈍くなることがどう関係するのかがよくわからん。
ただ、鈍くなるのがツマンネーってのは同意。話にクリエイティブに絡んでいけないのは面白くないっすね。
でも、気づいたら知らないうちに鈍磨している罠。多分頭も体も手入れしないと錆びるってこったね。
こないだ学園祭でch弾いた時もすげー感じた。点結びをしようと思っても、線がすごいぶれるイメージ。思い通りに体が動かないってのは情けないな。
維持することって難しいよな。元気でねーっすとか言ってグータラしてたら茹ですぎたパスタみたいになってしまうぜー。
コメント見てて思ったけどkeroさんは物事がハッキリしてるのが好きっぽいね。
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