2008年12月31日水曜日

収奪と利益2(分業⑥´)

パソコンと魚とか豚とか羊が俺のなかで結びつきません。これはダメだと思う。パソコンで扱っているのは、例えば管理業者なら羊の頭数だから、それは羊ではない。羊の影みたいなもんです。

羊のことを分かっていて、羊の影をどうこうしてるのなら、それはとりあえず羊のことを分かってるって感じがするけど、羊のことが分かってないのに、羊の影をどうこうしてるっていうのはなんだかオカシイ。

なぜ俺は、こうして羊のことも分からずにパソコンのキーボードをたたいているだけなのに、マーケットに行くとマトンが買えるのだ???

羊の影しか扱ってない/扱えてないのに、マーケットに行くとマトンが買えるってことは、俺が自分にとって理解できないシステムの部分になってるからだと思う。羊の影とか、羊の影の影とか、数字とかを操る係。

それってつまり、俺が自分にとって理解できないシステムのなかにしかいられないということだし、その意味でそのシステムに隷属してるということだし、体験を横取りされてるということだと思う。

システムのなかにいないと自分の餌が取れない。だから「職を探す」とかいうのじゃないか。だけどホントに探すのは餌でないの?と思う。そして餌を探すということは、餌を獲れるフェーズを探すということだと思う。

弓を引き絞って矢を放つフェーズを自分自身で探し当てること。言い換えれば暴力のフェーズを自分自身で探し当てること。あるいはそこで暴力に遭遇すること。それはシステムの中で「職」探しするよりよっぽど重要ではないかと思う。

システムのなかでどれだけ「いい職」についても、それって結局はシステムによって、自分自身の暴力のフェーズをスポイルされてんでないか、と思うのです。大事なのは、自分の手で弓を引き絞って矢を放つ瞬間を、自分自身で探し当てられることだと思う。

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